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先日、知人から耳寄りな情報を聞いた。
「今チケットセンターに行けば、東武鉄道の株主優待券が300円で投げ売りされているよ」
この優待券は東武鉄道の全線で使える片道切符だが、6月30日期限のものがコロナ騒動で売れ残り、値崩れしているらしい。
6月中旬金曜日。仕事上がりに御徒町の中華「珍満」でラーメンをすすっていた頃、ふとこの話を思い出す。そのまま旅行サイトで鬼怒川温泉を検索し、明日の一番安いホテルを取ってみた。
300円の優待券で鬼怒川へ
土曜日、チケットセンターの開店と同時に株主優待券を購入。東武線の最寄り駅から鈍行で春日部へ向かい、特急「スペーシア」に乗り換える。
車内はとにかくゴージャス。シートピッチの広い座席に、窓際の立派な折りたたみテーブル。1号車は全席個室で、3号車はサービスカウンターである。落成が1990年とあって、ほんのりバブリーな香りがする。
それでは早速。ゆったりとした席に腰掛け、テーブルを広げ、氷結を開いた。うーん、贅沢。
下今市駅からは鬼怒川線へ乗り換える。乗車するのは2両編成の近郊電車。柔らかいクロスシートに黄色がかった蛍光灯、鋼鉄製の車体全体にモーター音が響き渡り、鬼怒川上流へ進んでいく。まるで国鉄時代の山岳路線のようで、私鉄の路線とは思えない旅情がある。
1軒目・定食屋Mのラーメン(600円)
15時手前、鬼怒川温泉駅へ到着した。往復600円(特急券のぞく)というお得感に釣られて来てしまったものの、これからの旅程はノープランである。立ち尽くしていると、グゥと腹が鳴る。とりあえず、遅めの昼食としよう。
Googleを開くと、どうやら「あわじ食堂」のラーメンが旨いとある。しかしいざ足を運んでみると既に店仕舞いをしているところだった。厨房の方から寸胴を洗う音が聞こえる。一歩遅かったか……。
仕方なく駅前に引き返すが、こうなると意地でも麺をすすりたくてたまらない。そういえば行き道に、提灯の垂れた定食屋があったのを思い出した。立ち寄って店頭のお品書きを見てみると、「ラーメン」の文字がある。よしここだと暖簾をくぐった。

定食屋Mのラーメン(600円)
店内に入ると薄暗く、人の気配がない。厨房の電気は消えテーブルには新聞が散らばっていた。声をかけると奥の座敷から店主がモゾモゾと顔を出す。
「すいません、やってますか」
「あー、やってるよ」
「ラーメンください」
「はいよ」
店主はその場でエプロンを締め、厨房に入っていく。しまった、と僕は思った。
出されたラーメンは、コシのない縮れ麺に、出汁の味がしないスープ。醤油がツンと立ち、コショウがくどく主張してくる。
気さくな店主で食べている間にも色々と話しかけてくれたが、これ以上の記憶は残っていない。ああもしアジフライ定食なら、カツ丼なら、刺身定食ならどうだっただろう。麺をかきこみ、なんだか後ろめたい気持ちになりながら店を出た。
2軒目・ラーメンすーさんの餃子(350円)
旅館にチェックインした後も、心の曇りは晴れなかった。露天風呂に浸かりながらぼんやり考える。
もしかすると、今回の旅行はラーメンに取り憑かれているのかもしれないと。取り憑かれているなら、とことんラーメンと付き合ってもいいのではないか。いつの間にか、脳内を渦巻いていた煩悩は「旨いラーメンに出逢うまで帰れない」という使命感に変わっていく。
風呂上がりに清酒を流し込み、2軒目に足を運んだ。
鬼怒川温泉駅から徒歩3分の「ラーメンすーさん」である。

「ラーメンすーさん」のラーメン(600円)と餃子(350円)
店に入ると早速、ガチャコン・ガチャコンと中華鍋をあおるキレの良い音が聞こえてきた。窓際のテーブルに腰掛けてメニューの張り紙に目を向けると、真っ先に飛び込んできたのが餃子。
「人気爆発!手作りギョーザ」「注目度No.1!バカうま!手作り餃子」
視界のあちこちに餃子の張り紙がされている。それならばと、ラーメンと餃子をセットで頼むことにした。
待っている間、瓶ビールをグラスでちまちまとやる。壁の一面には駅伝出場校のペナントがずらりと飾られ、角に置かれたテレビからは漫才が流れていた。先に入っていた夫婦は箸で料理をつつきながら、「旨い旨い」と言っている。
そうこうしているうちに、餃子がやってきた。
醤油とラー油を少し、お酢を多めに加えた小皿に餃子を浸して、口に運んでみる。
……と、これは!
一口かじれば軽やかに弾ける薄皮、野菜のバランスが良いフレッシュな餡。ジュワッと広がる肉汁。まさか、温泉街でこんなに旨い餃子を食べられるとは!
油っぽさを全く感じないのは、まさに店主熟練の妙技としか言いようがない。餃子の表面は均等に、綺麗なキツネ色に焼かれている。家に持ち帰って食べても、他の人が揚げてもこの味にはならないだろう。店主が揚げた、揚げたての餃子でないと味わえない。
後からやってきたラーメンは、鶏ガラを感じる王道の中華そば。もちろん餃子との相性も抜群だ。麺をすすり・餃子をつまみ・ビールを飲む。このルーティンを繰り返していくうちに、脳味噌は完璧にキマってくる。まるでヤク中が薬をキメた時の、ボディブローを打たれたままに地面へ沈み込む、そんな快感に近いかもしれない。全身からアドレナリンが溢れ、つい餃子をお代わりする。麺をすすり・餃子をつまみ・ビールを飲み……最高の宴である。
ラーメンすーさん
栃木県日光市鬼怒川温泉大原1395−15
【営業時間】11:30-1500/18:00-23:00
3軒目・竜王峡食堂のラーメン(700円)
翌朝、「すーさん」にすっかり魅せられた僕は、更にラーメンを開拓することに決めた。
チェックアウトを早々に済まし、駅前のレンタカーでフィットを借りる。昨晩軽く調べたところ、会津高原に「山の王さまラーメン」なる山菜ラーメンがあるらしい。その語感がすっかり気に入り、奥会津に向けて121号線を北上することにした。
鬼怒川公園を過ぎてしばらく進むと、竜王峡の名所案内標が目に入り、ふらり立ち寄る。
竜王峡は火山岩が侵食され、竜が暴れまわったような景観であることに由来するらしい。崖へ降りると、鬼怒川の激流で作られた荒々しい岩肌が姿を現す。深緑色の水面と、真っ白な岩肌のコントラストが美しい。

竜王峡食堂のラーメン(700円)
一回りして駐車場へ戻る途中、ふと一軒の観光食堂が目に止まった。「竜王峡食堂」。
「どうもお疲れ様でした。うちでゆっくりしていきませんか、お二人で一つでも大丈夫です……」
店前では後継らしき男性が客寄せをしていた。その飾らない雰囲気に惹かれてメニューを見てみるとラーメンがあるではないか。それも自家製麺のようである。早速注文すると、太麺と細麺があるという。聞くとオススメは太麺とのことなのでそれを頼むことにした。
しばらく待つと、厨房から味噌田楽と山芋の漬物を運んできてくれる。味噌田楽は言わずもがな漬物が非常に美味しい。
そして本題のラーメン。透明感のある淡麗スープをレンゲで口に運ぶと、あっさりとした鶏ガラに醤油のカエシがキリッと引き立ちつ。その旨味をしっかりすくい取る自家製の太麺。かんすいの効いたモチモチとした歯ごたえがたまらない。そして何より驚いたのがチャーシューである。このチャーシュー、箸で掴みきれないほどに大ぶりなのだ。まるで二郎系を思わせる肉厚チャーシューはかぶりつくとホロホロほどける。
王道の中華そばながらもしっかり洗練されている、ここまで至れり尽くせりのラーメンが700円で食べれるとは。思わぬ収穫を得てしまった。
竜王峡食堂
栃木県日光市藤原1357
【営業時間】10:00~16:00
4軒目・会津高原、アルカディアのラーメン(600円)
幸腹に満たされながらレンタカーを再び北へ走らせる。
川治の温泉街をゆっくりと通り抜け、急なヘアピンカーブを曲がればいよいよ本格的な山道だ。ここからしばらくの間、121号線は鬼怒川の源流となる男鹿川と並走していく。
勾配が緩やかになった頃、左手に広々と水面が光った。鬼怒川の水がめ、五十里湖である。
ふと気になって駐車場に車を寄せると堂々とした五十里ダムの堤体が現れた。なんとその高さ112m。完成した昭和31年当時は日本一高いダムだったそうだ。
五十里湖を過ぎると緑は更に深くなっていく。長いトンネルをくぐり抜けたかと思えば、いきなり視界がひらけて渓流をまたぐ。川は大きくうねり、その流れに沿って稜線が続いていく。
そんな景色とやりとりしているうちに、たちまち無心になって車を走らせている自分がいた。今ハンドルを握っているこの瞬間だけは、自分だけのものなんだ。悩み事も思い出すことなくスマホを気にする必要もない。ただ景色が変わっていく様子を見つめていればいいんだ。
脳の隅々から快感が溢れ出てくるのを感じながら、もしかして自分は意識していないだけで、だいぶ疲れていたのかもしれないと振り返る。
会津高原には12時過ぎについた。「山の王さま」は定休日だった。さてどうしようかと地図をひらけば、近くにもう一軒ラーメン屋があるではないか。
「アルカディア」
僕はこの名前に誘われるように足を向けた。
店内へ入ると、昼時ということもあり多くの客で賑わっている。その殆どが地元民のようで、お座敷では作業着を着たおっさんたちが、ラフな格好の家族連れが、円を囲んで語らっていた。女将さんはバタバタと机をかたずけながら常連に声をかけたりしている。僕は右手を上げて「ラーメン」と頼んだ。

アルカディアの醤油ラーメン(700円)
ラーメンは10分ほどして着丼。白い丼ぶりに映える、黄金色に透き通ったスープ。トッピングはシンプルで、チャーシュー二枚に薬味ねぎをひとつまみ、海苔が一枚添えられている。ああ、うまそうだ。
箸を割って一気に麺をすすった。自家製の平太麺は、口に運ぶと一気に通り抜けていくピロピロ食感。スープは先ほどの竜王峡食堂よりも更にあっさりとした味わいだが、鰹節が効いて奥行きがある。この清淡スープと平太麺の相性がとにかく抜群で、食べ進めるほどに風味が上乗せされていく。一度すすると止まらずに、結局スープを飲み干してしまった。
僕は、理想郷を冠したこの店に辿り着き、もうこれ以上先へ進む必要はないと感じた。旨いラーメンに出会ったのだ、鬼怒川へ引き返そう。
アルカディア
福島県南会津郡南会津町滝原恋路川端1779
【営業時間】11:00〜14:00 水曜定休
全くの気まぐれで始まった今回の旅だが、進むにつれ、複雑に絡んだ心の糸が一気にほぐれた気がした。気まぐれな感情には流れるままに従ったほうが良いのだと気付いた。普段は予定や計画に縛られてしまうから、旅に出るときぐらいはなるべくノープランでありたい、そういう時間の過ごし方を心の引き出しに残しておいたほうがいい。
帰り道、ハンドルを握りながら久しぶりに自分をねぎらった。お疲れ様、自分。また旅に出ような。
<TEXT/お雑煮>