東海道「舞阪宿」を歩いてみた!江戸時代から残る松並木と常夜灯に見守られて

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明里

明里

休日は一眼レフを片手に下町やディープなスポットを散策するのが生きがいな女子大生です。

東海道を一度歩いてみたいと思ったことがある人はいないだろうか…?

私は十返舎一九の「東海道五十三次」と出会った時から、いつか東海道を完歩してみたいと密かに思っている。しかし、一気に成し遂げるにはあまりにも時間がかかるため、今回は静岡県の舞阪宿を歩くことにした。

本来であれば、浜松宿から舞阪宿、西へと進むのだが都合によって西から東のルートを散策している。

JR東海道線・弁天島駅からスタート!

JR東海道線「弁天島駅」にて降車。東海道散策の旅をここから始めることにした。

綺麗な青い海に浮かぶ赤い鳥居。昭和48年に建てられたものらしい。渡し舟で近くまで行くこともできるそう。

弁天島の海

昔の旅人も、こんな景色に癒されたのだろうか。

ある看板を発見した。2019年の大河ドラマ「いだてん」の主人公の一人が、浜名湖弁天島茗荷屋旅館跡にゆかりがあるそうだ。歴史はどこで繋がってくるかわからないと改めて感じた。

東海道30番目の宿場町・舞阪宿

弁天島を跡にし、弁天橋を渡ると舞阪宿と案内書かれた見えてくる。

東海道・舞阪宿

どうやら「東海道舞阪宿 渡船場跡北雁木(きたがんげ)」と呼ばれる渡船場跡らしい。

明暦3年(1657)年から寛文元年(1661年)にかけて構築されたもの。

石垣の白い部分は、昭和28年の台風で崩れたため、積みなおしたものらしい。雁木は、階段状になっている船着場のことを指すが、地元では昔から「がんげ」と呼んでいるそうだ。この北雁木は、主に幕府公認役人の大名などが利用したもので、約18メートルの石畳が水際まで敷き詰められているのだとか。

現在も船が停泊している様子を見ると、当時の面影が少し残っているようだ。東海道五十三次の絵も飾っており、浜松市として歴史的名所を大事にしていることがわかる。

東海道五十三次の看板

そしてさらに進むと、「西町常夜灯」が一軒家の横に佇んでいた。市が設置している看板が至る所にあり、比較的迷わずに辿り着くことができた。

西町常夜灯

西町常夜灯は、文化10年(1813年)に建てられたものだ。舞阪宿では、当時火事による被害に悩まされいたそうだ。そうした背景から、人々の願いにより常夜灯が建立され、その世話は今も地域の方で担っているという。代々歴史が受け継がれているのは感動した。

常夜灯がここまでしっかりと残っているところも今は少ない。貴重な当時の様子を知らせる文化財だ。

舞阪宿・脇本陣の内部を見学!

脇本陣

舞阪宿で唯一建物として残っているのが、脇本陣だ。脇本陣は、大名・幕府の役人らが本陣で宿泊できない時に利用された施設で、普段は一般向けの旅籠屋として利用されていたそうだ。ちなみに本陣や相本陣も近くにあったそうだが、現在は住宅が広がっている。

脇本陣の建物は、大正時代は役場として利用されていたそいだが、復元されながら後世に歴史を伝えている。

入館料は無料で、見学をさせていただいた。奥行があるつくりになっていて、貴重な展示物も多い。

厠の形も現代のような壁についているものは初めてみた。

厠。珍しい形

上段の間は、厳かな雰囲気が漂っている。大名などの武士が宿泊する部屋で、一段高くなっているのがわかる。

一度でいいから座ってみたい。

上段の間

当時から残っているのだろうか。木製の籠も大変貴重な文化財だと思う。

かなり年季の入った籠

一般の建築物とはまた違い、旅籠屋としての機能を果たしていたことがわかる内部のつくりだった。旅人たちは、ここで一泊して旅の疲れを癒すのだろうか。想像できるのが楽しい。

旧東海道、令和の今も残る街並み

繁栄していたことがわかる旧東海道の街並みは、散策していて楽しい。

旧東海道の街並み

建物も古くなっているが、そのまま残されているものが多い。

変わった種類の自動販売機も発見した。

変わった種類の自動販売機

「日本のサイダー」は、旧東海道らしい飲み物だ。しかも100円とかなり良心的。思わず買ってしまった。

「新町常夜灯」が、一里塚の石碑と共に建っていた。

新町常夜灯と一里塚

江戸幕府が日本橋を拠点に街道に一里塚を築かせてから300年あまり。現代のようにインターネットが普及していない当時の人々にとって一里塚は重要な目印だったのだろう。

舞阪宿の終わりには、「見付石垣」が江戸時代のままか、そのまま残っている。ここでは、宿の見張りをしていたのだろうか。宿の入り口の石垣がこうして残っているとわかりやすい。

見付石垣

 

340本の松並木に圧巻!旧東海道松並木

旧東海道松並木

340本の松並木が700メートルほども続く、松並木は必見。慶長9年(1604年)に徳川家康の命により、黒松を植えたのが始まりだそうだ。当時は1400本を越える木があったそうだが、様々な困難を経て今の形になっている。

昔は宿場町と宿場町の間にこうして松並木があったようだ。現在は、松並木の中心を車が走っているが、松並木に囲まれた街道を歩くのは良い気分だろう。

松並木の道沿いには、色々な石碑が設置されている。干支にちなんだ動物の石碑や、舞阪橋跡といった看板があるため、700メートルの距離もあっという間に感じる。

可愛らしい干支の石碑

今回は、舞阪宿を歩いたが、実際の東海道の53分の1にすぎない。

私たちがいかに楽をして移動していることがわかる旅であった。でも、たまには自分で歩いて移動するのも新たな発見があって良いと思うのだ。

<TEXT/明里>

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