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ー前回記事はこちら:3泊4日、ぼくの台湾・弾丸放浪記(2)ー
10時45分。電車は終点・高鐵左営駅へ到着した。今日の宿泊地は高雄、Agodaで押さえた300元のドミトリーだ。
ここから高雄へは更に5kmほど下るが、チェックインにはまだ早い。僕は空港で買ったJTBのガイドブックをリュックの底から引っ張り出した。パラパラめくると、左営駅からほどなく蓮池澤(レンチタン)という淡水池があることを知った。とりあえず、そこへ向かってみよう。
終点・左営。蓮池潭へ向かう
左営は終着駅にしてはサッパリしていて、駅前に並ぶのは高層マンションばかり。駅のすぐ横を走る道路は片側3-4車線もある立派なものだが、その割に交通量が少ない。
この道を反対側へ渡れば蓮池澤のはずだが、どこまで歩いても横断歩道や陸橋は見当たらない。9月の下旬、台湾は残暑が続いている。ジリジリと湿気た暑さが肌に染み付き、次第に足取りが重くなってきた。何度か駅に引き返そうと考えるが、振り返るたびに遠ざかり億劫になる。ようやく陸橋を見つけた頃には11時半を回っていた。
どうやら大分遠くへ来ていたようで、たどり着いたのは蓮池潭の南端だった。
重いリュックをベンチに置き、肩をほぐしながら辺りを見渡してみる。蓮池潭は大きすぎず小さすぎず、池の両端が視界に収まるくらいだ。対岸には多種多様な伽藍が並び、太鼓がトントン・トコトコと軽やかに鳴っている。水面には黄金色の壁面と赤い寺柱がゆれていた。
対岸は喧騒から切り離され、別の世界みたいのように見えた。桃源郷というものを僕は知らないけど、きっとこんな風景なのかもしれない。しばらくぼんやりと対岸を眺めてから、僕はあの景色に混ざろうと、ぐるり、池を一周することにした。
静かなるユートピア
池の北端にかかる木造橋を渡って対岸に入ると、そこは想像通り、とても穏やかな景色だった。
遊歩道には木漏れ日が揺らぎ、果物売りの商人たちは誰に話しかけることもなくぼんやり座っている。あるものはラジオを聴き、またあるものは談笑をし、各々の昼下がりを過ごす。そんな具合だ。
しばらく遊歩道を歩くと、ベンチの一つに人だかりができている。なにかと覗けば、暇を持て余した老人たちが将棋のようなものをしていた。盤の上に並べられた正円形の駒にはそれぞれ「兵」「馬」「車」「将」などと書かれている。後で調べるとこれは明棋(ミンチー)という遊戯らしい。片方が駒を動かすともう片方が長考し、観衆がヤジを飛ばたりする。
なんだ、日本でも台湾でも人々の生き様は大して変わらないんだな。ふと心の奥で糸が緩み、身体が軽くなる。
腹が減ってきたので、遊歩道で目についた露店に立ち寄り、什錦麺を頼んだ。65元。台湾でいう「五目そば」のようなものらしい。地域によって餡のかかったもの、醤油ダシのものなど様々だが、この店の什錦麺は塩ガラスープに博多・中洲の屋台のような極細麺、海鮮系の具材が乗っている。ほんのり鶏ガラの甘みを感じる素朴な味わいで、卓上の焦がしガーリックを乗せてあげると引き立つ。
なんだ日本の塩ラーメンじゃないか、そう言い切りたいが、食べ進めていくと時々ツンと海鮮の臭みが舌を襲い、たちまち台湾に引き戻される。
その建物の名は、「百立建設」
什錦麺をすすりながら辺りを見渡していると、道沿いにひときわ目を惹く建物が見えた。
それは6階建ての集合住宅だった。交差点の角にそびえ立ち、ビルの角には塔を連想するオクタゴン型の装飾がなされている。この建物のシンボルなのだろう。塔には所有者を表しているのか、大きく「百立建設」と書かれていた。
建物は全体にわたって多面体の装飾がなされ、アール・デコを思わせる優雅なつくりだ。しかし全ての窓には鉄格子がはめられ、壁面は経年で黒く煤けている。屋上にはトタン小屋がひしめき、物干し竿が針山のように空へ伸びていた。ビルの階下は下駄履きのアーケードで、物売りたちが店を広げる。
一部を切り取ってみると西洋的だが、全体でみると東洋的。僕はこの建物が持つ絶妙な空気にすっかり胸を掴まれ、露店を出るや塔の脇に座り込み、腕時計をポケットに突っ込んで眺め惚けたのだった。
ガイドブックには載ることのない、自分だけが知る、秘密の景色だ。
<TEXT/お雑煮>