以前は名の知れた歓楽街、柳ヶ瀬。その隆盛を偲びつつ商店街の小路を歩く

投稿日:4月 3, 2020 更新日:

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千野
出不精ですがたまに旅行とお散歩をします。 近代(主に明治・大正・昭和初期)の雰囲気や洋館、産業遺産などの 史跡に惹かれがち。

岐阜旅行の最中だった。

少しずつ辺りが薄暗くなり、家々には明かりが灯り始める頃。長良川から駅へ至る道を歩きながら、何となく顔を向けた先——商店街の入り口を示すアーケードの門から、どういうわけか抗えないほどの強い引力を感じた。これは紛れもない「当たり」の気配だ。得体の知れなさに慄きながらも、そうっと近付いてみる。

眼前にあったのは戦後、昭和30年代に栄えた歓楽街・柳ヶ瀬で、最盛期には美川憲一の楽曲「柳ヶ瀬ブルース」の中で歌われたこともある。当時、付近の通りは行き交う人々の肩が触れ合う程度に溢れかえり、それは大変な賑わいだったそうだ。

事実を知ると、数十年前の風景が半透明の写真みたいに視界で重なって見える。

今では老若男女が買い物やイベントに集う地域の商店街だが、未だ数々のキャバレーや割烹料理店、劇場などが過去の片鱗として、点々と残っていた。加えて怪しいマッサージ店の看板も。

なかでも北側の大通りに面した小柳町の門には、真っ赤な壁に貼り付けられた無料案内所の看板と、スナックの入った花柄の大きな建物が隣接していて目立つ。道路を挟んだ反対側には地蔵が並ぶ寺もあって雰囲気があった。確かに呼ばれている気がする。足を踏み入れるなら、ここからが良い。

どこか懐かしい時代の雰囲気

アーケード商店街の愛好家は多く、どの部分に魅力を感じるのかも人それぞれ。

私はいつも建物の二階部分をじっと眺めてしまう。店として公共の場に直接面している場所とは違い、洗濯物が出ていたり室外機があったりして、よりそこにいる人々の生活を感じさせられるからだ。不躾だと分かってはいても目を凝らしてしまいがち。

また、そこかしこに過ぎし昭和の懐かしく怪しげな香りが漂っている。

徘徊しつつ脳裏に浮かべるのは、全てのシャッターが閉められて静まり返った、営業時間外の柳ヶ瀬の様子だった。

表に人っ子ひとりいない、四方八方に伸びるアーケードの下でじっと耳を澄ます。すると、二階や曲がり角の向こうから、ここで暮らしたり働いたりしている人々が不意に立てる小さな音が聴こえないとも限らない。無論、そんなものは単なる空想に過ぎないのだが……。

すぐ意識をどこかに飛ばしてしまうのは、きっと頭上に並ぶ色鮮やかな看板がちらつくせいだろう。そういうことにしておく。

時にはこんな、具体的に何の用途で設置されたのか分からない小窓にも出会う。白いタイル張りの外壁も妙に魅力的だ。外からパイプが一本刺さっているのも良い。

そういえば「二階」や「」といった単語は、昔の柳ヶ瀬のような歓楽街と縁が深い。

日本では江戸の頃から、逢引きや密会の空間として蕎麦屋の二階がしばしば使われていた。簡易的な連れ込み宿だ。加えて、海を渡ったヨーロッパの一地域では、いわゆる売春宿の形態を指して飾り窓と称したりもする。こちらは文字通りにガラス張りの店が並び、まるでショーウインドーのように展開している様相に由来している。

そんなこんなで歩いているうちに時間は経ち、傾きかけていた陽はもうすっかり沈んで、空には僅かな明るさが残るばかり。

当方は定評のあるビビりなので、突然こんなビルの入り口に遭遇して震えあがってしまった。奥が暗すぎるし、非常口を示す明かりの緑色がぼんやりと漏れていて怖い。雰囲気は好きだけれどかなり怖い。

この階段は一体どこまで続いているのか、そして先には何が待ち受けているのか、と考えるだけで心の底から恐ろしくなる。実際に確かめれば、別に大したものは無いのだと分かってはいても。

そして実は、柳ヶ瀬商店街の散策はここからが本番といっても過言ではない。

魅惑の小路・アクアージュ柳ヶ瀬

まず岐阜薬局の看板を探してみよう。正面に立つと、建物上部から巨大な銃弾か、さつま芋のような物体が突き出していて少し異様だ。いや、もしかしたら薬局に所縁ある座薬なのかもしれない、そう思って検索をかけるとロケットのオブジェだと記載があった。それは残念……。閑話休題。

柳ヶ瀬商店街の神髄は、岐阜薬局右横から伸びる、全長わずか200メートル足らずの狭い小路に凝縮されている。その名も「アクアージュ柳ヶ瀬」だ。私はここを勝手に「魔界」と呼んでいる。

入り口の南ヨーロッパ風石畳と、壁際には背の低いおしゃれな噴水。そこから適度な間隔をあけて、古代ギリシア・コリント式の柱を模した照明が並んでいる、可愛い「映え」スポット。だが、この部分は何も知らない人間をおびき寄せるための撒き餌に過ぎない。当時はそんなことに気付く余地もなく、ただ誘われるままに足を踏み入れていた。

もう一度言う。ここは魔界なのだ。特に夕暮れや黄昏時に、アクアージュ柳ヶ瀬という小路の持つ不思議な力は最大限に発揮される。

ふと横をのぞき込むと、道の名称(アクアージュ)の由来となった水路が手すりの下に見えた。

しかし、なぜこんな禍々しい赤色の照明を採用したのかは全く分からない。普通に怪しい。周囲の地面にはモザイクタイルが敷き詰められていて華やかな雰囲気なのに、そばに広がっていたのは深淵だった。ひょっとしたら向こうから河童でも流れてくるのではないか。

道の位置的に、飲食店の裏口や非常階段によく遭遇するのも何とも言えない。あとはスプレーによる落書きも所々にある。不良のたまり場にはなっていないようだが、特に治安が良いというわけでもなさそうだ。やけに人通りも少ない。

意識がアクアージュ柳ヶ瀬に侵されてきたので、早く元の世界に帰ろうと歩くスピードを上げる。

すると行く手を阻むように出現するのが物言わぬ人魚やヴィーナスの。突き刺さる彼女らの冷たい視線。特に前者は、歌声と容姿で船乗りを惑わす不吉の象徴とされがちだ。恐ろしい。

また、目を逸らした瞬間に半裸のヴィーナス像が動き出し、怖い顔で襲われたらどうしよう、と思わず考えてしまう。頑張って大きな声を出しても誰にも見つけてもらえないかもしれない。だって、出口があんなにも遠くに見えるのだから。

グーグルマップで確認すると、写真が古いのか、進行方向の右手はまだ空き地だった。その分上から光が差し込むのでとても明るく、まさに商店街を訪れるみんなの散歩道という感じ。現在は工事現場となっており、大きく背の高い何かの建設が進められていた。

道の片側がガッチリ塞がれているだけで、こんなにも感じる印象が違うとは……。恐れ入る。

満身創痍で魔境を抜けて、人々の行き交う大通りに辿り着くと、電話ボックスと温泉マークのような彫刻作品に迎えられた。どうやら無事に帰ってこれたらしい。心からほっとした。

最後に

いま自分が通ってきた空間は全てだったのでは、と勢いよく振り返れば、そこには確かに「アクアージュ柳ヶ瀬」の文字がある。

途中は照明の色や立像のせいで不安に襲われたものの、実に面白い散策だった。とっても。

こんなスポットに興味がある人や、好きな人がどの程度いるのか正直分からないが、それでも柳ヶ瀬商店街とアクアージュ柳ヶ瀬の一角は魅力的な場所だと自信を持って言える。あまり観光する場所が無い、と言われがちな岐阜駅周辺で時間を持て余すことがあれば、ぜひ訪れて欲しい場所の一つになった。

<TEXT/千野>

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