2泊3日、中国寝台列車の旅もいよいよ終盤。終着・成都駅へ近づいてきました。
西安を抜け、秦嶺山脈を越える
13時15分、K1363便は西安南駅に到着しました。ここから列車は西康線・陽安線を継いで、陽平関駅から宝成線へ入ります。
西安から成都へは路線が複雑に入り組んでいるため、快速・特快車はルートを網羅する形で運用が割り当てられています。そのため、同じ行き先でも宝鶏経由・重慶経由など走行する路線が異なっているようです。
K1363便が走る西康線・陽安線・宝成線は、陝西省と四川省の山岳を結ぶ路線です。なかでも宝成線は、古くから黄河流域と長江流域を結ぶ重要幹線として機能してきました。しかし宝鶏から陽平関にかけては急勾配のため二つの大型ループ線があり、線路が単線のため輸送容量に限界があります。そのため、西康線・陽安線がこの区間の迂回路線として使われているそうです。
西安南駅を出てまもなく、車窓は高い岩肌に覆われました。一帯は、西遊記のモデル・キンシコウが住む秦嶺(しんれい)山脈のすそにあたり、列車は山々を縫うように進みます。西康線は1995年に敷設された比較的新しい路線。当初は単線でしたが複線工事が始まり、既に西安周辺は複線化されています。
トンネルが連続する区間をぼんやりと眺めていると眠気に襲われ、仮眠を取ったらいつの間にか日が暮れていました。ベッドで昼寝をしながら移動できるなんて、長距離寝台列車すばらしい。
ディナーは食堂車で麻婆豆腐。夢を叶える寝台列車
うつらうつらとしながら時計を見ると、なんと19時過ぎでした。大分しっかり寝てしまったようです。お腹も空いてきたので食堂車で夕飯を取ることにします。
成都行きの寝台列車。「折角だし、“四川麻婆豆腐”で夕飯を」ということで、麻婆豆腐(30元)と白米(15元)を注文しました。前回の記事でも触れましたが、K1363便は成都の客車を使っているため、厨房でも成都から乗車した専属のコックが住み込みで調理しています。ランチタイムとは異なり、車内は多くの人で賑わっています。食堂車の端の席は鉄道警官の休憩スペースになっており、警官が乗客に声をかけて楽しそうに会話している光景も。
注文して5分ほど、こんもり盛られた麻婆豆腐がやってきました。具材は豆腐と唐辛子のみという潔さ。辣油の辛味に花椒の爽やかな匂いが漂っています。
早速口に運んでみると、絹ごし豆腐のプルプルとした歯ごたえに唐辛子が絡みつき、ジンと舌が痺れる感覚がやってきます。辛い。辛いけどいやらしくない。辛味の後ろに、麻婆豆腐のうま味がはっきりと居る。箸を休める暇もなく夢中で麻婆豆腐をかきこんで、白米を頬張ります。
この寝台列車で乗って、本当に良かった。そう思える瞬間です。もちろんクルーズトレインの個室寝台に乗り、食堂車で食べるディナーも格別だと思います。でも、騒々しい硬臥寝台車に乗り、食堂車で庶民派の中華料理を頬張る……、思い描いていた寝台列車の旅はまさにこういうものだったんです。20数年間の夢を、この31時間の鉄路がまとめて叶えてくれているのだな。
残すところ、あと7時間。
自分の客車に戻ってからは、消灯まで「銀河鉄道の夜」を読んでくつろぎました。銀河ステーションに夜汽車がやってきた頃、灯りは消えてジョイント音だけになり、三角標はここにあった、そんな気分で眠りにつきます。
終点・成都駅まであと1時間
午前4時、室内灯の点灯と同時に目が覚めました。K1363便はあと1時間で終点・成都に到着します。未明に到着した錦陽駅で多くの乗客が降りたようで、車内はやや閑散としていました。灯りがついてしばらくすると、車掌がやってきます。
中国の寝台列車では車掌が切符を預かり、下車駅が近づくと切符の返却と同時に乗客を起こしてくれるシステムになっているのです。長距離列車は夜間に到着する駅も多いため、途中下車する乗客にはありがたいですね。既に山岳地帯は抜けており、車窓からはマンションや工場が立ち並んで居る様子が伺えます。
人間味のある鉄道旅行。人民鉄路の魅力に気付く
そして午前5時。北京西駅から所用31時間、走行距離2047km。列車は成都駅へ到着しました。上海-北京間も合わせると、この3日間で移動した総距離は3300kmに及びます。
ホームに着くと一斉にスーツケースを転がして改札へ向かう乗客たち。彼らはまたここから、各々の家路につくのでしょう。今回、上海から成都まで、中国の寝台列車を3日間に渡って乗車してみて、大陸の広大さと、人民の息吹を肌で知ることができました。
また、外国人は列車を通じて僕一人とアラブ系観光客数名、いった具合でしたが、困っていた時に乗客や車掌さんがとても親切にしてくれたのが印象に残っています。貫通扉の鍵がかかって通路が通れなくなった時にも、乗客のひとりが「直ぐに車掌が来るからここで待つといいよ」とジェスチャーで知らせてくれたり、食堂車の営業時間がわからなくて困っている時にも中国語でゆっくりと教えてくれたり(結局聞き取れなかったのでGoogle翻訳に頼ったのですが)。
騒々しい車内ではありますが、決して冷たい空気は感じられず、とても人間味のある鉄道旅行でした。次に中国に来た時には「緑皮車」でどこへ向かおう。既にそんな気持ちに駆られている自分なのでした。
〜はじめから読む〜
<TEXT/お雑煮>