つい先日、大阪に滞在する予定があり、数日ほど暇ができた。
この機会に少し羽を伸ばしたい。とはいえ、僕は実家が天王寺にあるので、どうにも大阪観光という気分にはならない。さてどうしたものか。
折角だし近場で行ったことのないところへ……そうだ、四国なんてどうだろう!実は人生の20ン年間で、四国は未踏だったのだ。本場の讃岐うどんを食ってみたいし、都心の喧騒から離れてゆったりした時間を味わいたい。
「近場で」と言いながら四国を目的地に選んだあたり、どうかしてる。すっかりアドレナリンに支配されていたのかもしれない。ただそうやって、四国へ向かう最安ルートを探している中で見つけたのが、今回の切符である。
大阪から、わずか2200円で徳島へ
「とくしま好きっぷ」
南海電鉄と南海フェリーが共同で販売している企画切符だ。南海電鉄の好きな駅から和歌山港駅へ、和歌山港から南海フェリーに乗り換えて徳島港へ向かうことができる。驚くべきはそのお値段、なんと2200円。
和歌山港ー徳島港のフェリー運賃が2200円なので、この切符を使えば南海電車の運賃が実質タダになるということだ。
大阪から四国というと移動にハードルを感じるけど、これくらいの予算で収まるなら気軽に出掛けられる。「とくしま好きっぷ」は南海電鉄各駅の有人改札・券売機、また南海フェリー徳島港で購入することができる。
早速なんば駅で「とくしま好きっぷ」を購入して、和歌山港へ向かうことにしよう。電車用の切符とフェリー用の切符が発券されるので、改札で間違えないように注意。
今回乗車するのは10時20分発の特急サザン、和歌山市行き。サザンは大阪方面の後ろ4両が自由席になっており、特急券がなくても乗ることができる。とはいえ、自由席は通勤電車で使われるロングシートの車両だ。一方で、前4両の指定席は特急専用車両を使ったゴージャスなもの。南海はこういうチグハグな編成を平然と組むので面白い。
列車は難波を出発するとすぐに郊外へ抜け、ひたすら大阪湾と並走する。関空を過ぎ、青々とした海が眼下に迫れば、終点・和歌山市駅までもう直ぐだ。
和歌山市駅からプチ散歩?お城を眺めてフェリー乗り場へ
なんば駅からわずか1時間ほど、和歌山市駅に着いた。本来はここから和歌山港線に乗り換えて和歌山港駅へ向かわなくてはならないが、出航まで2時間近くあったため、和歌山市駅からフェリー乗り場まで散歩することにした。
駅舎はリニューアルの真っ最中。4月24日に「キーノ和歌山」という複合施設がオープンするらしい。一方でロータリー周辺に立ち並ぶ雑居ビルからは、あちこちから昭和の空気が立ち込めていて、さながら地方都市といった具合。平日の昼前だからか、やけにガランとしている。
和歌山市駅から500mほど、せっかくなので和歌山城にも立ち寄ってみた。古くは天正13年、豊臣秀吉が紀州の平定に併せて築城した。意外にも、和歌山には戦国大名がいなかったそうだ。
和歌山に住む知人いはく「和歌山は建物が低いから、遠くまで景色を見渡せるんですよねー」とのこと。たしかに和歌山城から眺める景色は、視界が開けてのんびりとしたものだった。
和歌山城から県道16号線を下って、和歌山港フェリーターミナルへ到着。予想以上に時間がかかって、出航ギリギリになってしまった。
いよいよ待望のフェリー乗船である。いざ、向かうぞ、徳島。
ターミナルの1階には、有人窓口と小さな売店・食堂がある。町役場の待合かと思うほど味気ないエントランスだが、船旅にはこれくらいがちょうど良い気もする。
乗船口までは少し距離があるため、歩く歩道を使って連絡通路を渡る。まさに思い描いていた地方都市の船着場、といった感じだ。旅情が高まる。
居住性抜群。和歌山ー徳島、フェリーの旅
連絡通路を進むと、今回乗船するフェリーの船体が見えてきた。フェリー「かつらぎ」。
元々、泉佐野港と和歌山を結んでいた「りんくうフェリー」で使われていた船舶だが、廃止に伴い和歌山-徳島(紀伊水道)航路に転属となった。
搭乗口で「とくしま好きっぷ」を提示して、船内へ入る。船内スペースは1階部分のみだが、売店・リクライニング座席・ドライバー室・じゅうたん・ベビールーム・グリーン室(有料座席)が備わっていて、滞在に十分な広さだ。
売店の近くにはしっかり、カップヌードルの自販機やパチスロもある。これよこれこれ……この、ちょっと古めかしい雰囲気がたまらん。
船内は無料Wifi完備。パーテーションで机が仕切られた「ビジネスコーナー」なんてものもあるので、乗船中にPC操作が必要になった場合も、ノンストレスで作業することができる。
さて、13時50分。出航時刻である。
早速屋上デッキに登って、遠ざかる港風景を眺めてみる。特に汽笛みたいな出発の合図はなく、甲板員が錨をおろすやエンジンを軽快にふかして出航した。徳島港までおよそ2時間の船旅だ。
3月も半ばだが肌寒い。潮風が身体を打ち付け、ジンジンと染みる。せっかくなので、コンビニで買ってきたチューハイを開けてみたけど、身体が冷え込んでどうにも酔いが回らない。夏場だったらさぞ気持ちよかったんだろう。グイッと飲み干して船内に戻った。
疲れが溜まっていたのか(酔いが回ってきたのか)、出港から間もなく眠気が襲ってきた。じゅうたんで仮眠をとることにする。くつろぎ方は人それぞれだろうが、僕は進行方向の縦向きに寝転がるのがお気に入りだ。
中型客船とはいえ、船体は波を受け、左右にゆっくりと揺れる。進行方向の横向きに寝ると、身体が揺れを感じる面積が増えるのでどうにも落ち着かないのだ。船の揺らぎに身を任せていると、いつの間にか夢の世界へ……。
船旅ならでは満足感に浸って……
16時ごろ、フェリーは徳島港に入港した。随分としっかり寝ていたようで、起き上がってみると身体の疲労感がすっかり抜けている。やはり2時間程度とはいえ、横になったまま移動できるのはありがたい。
とはいえ、なんだろう……あまりにも快適に移動できてしまったので、四国にたどり着いた実感がイマイチ湧いてこない。
下船口からターミナルを抜けると、和歌山港では見れなかったフェリーの全体像を眺めることができた。船首がパックリと開いて、乗用車やトレーラーの積み込みをしている。
乗り場で待っていた徳島駅行きのバスには乗らず、中心地まで歩いてみることにする。フェリーターミナル近くの漁港には、モノコックバスの廃車体が佇んでいた。海に面している割にはかなり状態も良いし、このタイプの観光バスが残っているのも珍しいな……。
ここに来てようやく実感がこみ上げてきた。うん、こういう風景が残っていることを、僕は期待していたのだ。そう思って改めてあたりを見渡してみると、山々は低いし、海沿いの地形は複雑に窪んでいる。新鮮だ。
本州から四国へ、海をまたいでやってきたのだな。フェリーで波を感じながら辿りつき、生まれてはじめて眺める徳島の景色は、言い知れぬ感動に溢れていた。
<TEXT/お雑煮>