いつかは想像を超える日が……麻婆豆腐を頬張りながら想うこと
二階席に上がると円形のテーブルに通され、僕はビールと麻婆豆腐を注文した。散々語った割には無知な自分。タバコをふかしながら「麗郷の丸窓からみる景色は格別だ」と、また一つわかった気になる。
頭の中で「HOW TO GO」を流しながら、今の感覚を歌詞の節々に重ねてみる。どうやら少し酔ってる。
10分ほど過ごすと、アルミ製の食器にこんもりと盛られた麻婆豆腐がやってきた。瓶ビールを一杯やってスプーンで口に運けば、トロッと鶏の旨味が効いて、その間を山椒が抜い、喉の奥で唐辛子の辛味が追いかけてくる。深みある本格的な味わいなのに、シンプルにまとまった麻婆豆腐。この余白あるサラッとした旨味がたまらない……。ちなみに台湾料理は福建料理をベースに郷土料理をアレンジしたもので、中国本土に比べてあっさりとした味付けになるのが特徴らしい。
「いつかは想像を超える日が待っているのだろう」
「HOW TO GO」という曲のMVは確か、様々な人が一つの部屋で行き交いながらも結局、最後は自分たちだけが部屋に残る、というあらすじだった。僕は今、この貪欲な中華料理店で、夢を語りまた夢に敗れた人々の声に包まれて麻婆豆腐を頬張っている。
対面する芸能風の人々が腕につけるオーデマ・ピゲをぼんやり眺めながら、まだ僕がバンドマンだった、2年前の同じ季節を思い出した。
メンバーと渋谷のライブハウスに足繁く通ってアドバイスを貰いにいったな。「君たちなら売れる」その言葉を頼りに、とにかく必死に曲を作り、スタジオに入り、ブッキングをこなす……その繰り返しだった。熱く語ってくれたライブハウススタッフはいつのまにか失踪した。
その後、人生選択の岐路に立った僕はバンドを抜けてライターになり、残ったメンバーたちは渋谷WWWに立ち、オーディションで声をかけられるほど活躍することとなる。どちらが正解というわけでもない。ただ最近、メンバーたちと話していると、どちらの道も不正解のような気がしている。ひとつ言えるのは、夢というのは向き合えば向き合うほど途方もないということ、僕もまた夢の敗れた一人であること。それだけのことだ。
やはりこの街には中華料理がふさわしい。いつかは想像を超える日が待っているのだろうか。あと一口食べれば、僕はまた一人ぼっちになる。
<TEXT/お雑煮>